米国で「ホームレス」になった日本人男性、帰国後を支えた「ハウジングファースト」の試み

米国で「ホームレス」になった日本人男性、帰国後を支えた「ハウジングファースト」の試み

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2016年、米・ロサンゼルスから一人の男性が帰国した。大工として1970年代初めに渡米したものの、派遣された会社の倒産などの不運が重なり、帰国が困難になっていたMさん(87歳)である。彼は2010年ごろからロサンゼルスでホームレス状態になっていたという。

その様子を見ていた、動画制作を手がけるアメリカ人青年が、Mさんの暮らしぶりを撮影し、クラウドファディングで250人から1万2400ドル(約140万円)の寄付を集め、日米両国の支援者が連携して帰国に漕ぎ着けた。

日本側の支援を担当したのが、生活困窮者に「まずは安定した住まいを」という理念のもと活動する、一般社団法人「つくろい東京ファンド」(代表理事の稲葉剛さん)だった。つくろい東京ファンドは「ハウジングファースト」の実現を目指して、2014年に生活困窮者の支援を行う団体のメンバーが集まり、設立された。

日米連携がなければ、帰国がかなわなかったばかりか、弱い立場の人に付け入る貧困ビジネス(後述)に取り込まれた生活を余儀なくされたかもしれない。つくろい東京ファンドが目指すハウジングファーストと困窮者の支援について稲葉さんに聞いた。(ルポライター・樋田敦子)

●ホームレスは減ってきたと言われるが

稲葉さんが新宿で路上生活者の支援を始めたのは、1994年。その頃から路上生活者は徐々に街に増え始めていた。そして、2008年のリーマンショックのあおりで、日本でも派遣労働者の派遣切りが深刻化し、同年末、東京・日比谷公園で年越し派遣村が実施されたのである。派遣村を映し出した映像は衝撃的だった。派遣切りで仕事と住居を同時に失い、居場所がなくなった人たちが、炊き出しや生活保護申請の列に並んでいたからだ。

あれから9年。役所が正式な理由もなく生活保護申請を拒否する「水際作戦」という問題は残されているが、近年は路上生活者の生活保護適用も進みつつあり、ホームレスは減ってきていると言われている。

厚生労働省の全国調査によれば、2003年のホームレスの人数は全国で約2万5000人。2016年には6235人と年々減少している。また65歳以上のホームレスの割合が、2016年10月時点で42.8%と初めて4割を超えた。

「これは行政が昼の時間帯に路上、公園、河川敷にいる人を、目視で調べているもので、夜の人数はカウントされていないのです。またネットカフェで暮らす人も入っていません。学生たちで作る団体『ARCH』の調べによれば、深夜も含めると、その数は約3倍に上るといいます。私はこの数字のほうがより実態に近いと思っています」(稲葉さん)

●「セーフティネットの穴に落ちている人がいる」

ネットカフェや路上生活から抜け出せないのには理由がある。それは住居費の高さ。特に敷金や保証金、前家賃といった初期費用を一括で支払うだけの余裕がないからだ。住居費の高い東京や大阪にいる若年層でその傾向は強い。

また路上生活者の3人に1人は知的障害があり、なんらかの精神疾患を抱える人は4〜6割いるという調査もある。病気や障害のある人は、行政が提示する支援策からこぼれ落ちる傾向にある、と稲葉さんは言う。

「いろいろな社会保障制度が整備されているのだから、それに乗れない人たちが悪いと行政はいいます。しかし、それこそがセーフティネットの穴で、その穴に落ちている人がいます。そのほころびを繕うことが必要で、住居がなくなった生活困窮者に、安定した住まいを確保することが最優先されるべきです。ハウジングファーストが、欧米のホームレス支援で何よりも優先して行われているように、住まいの確保は基本的人権だと私たちは考えています」(稲葉さん)

これまで日本は、ローンを組んで、一戸建てやマンションといったマイホームを所有する「持ち家政策」を推進してきた。そのため低所得者向けの住宅が少なく、公共の住宅も倍率が高く、入居できる可能性は低い。

「海外では、最初から本人が希望する適切なアパートを用意して、生活支援していくとうまくいき、コストも最終的には安くつくということが分かっています。日本でもそれを実現していくべきなのです」(稲葉さん)

●「住まいがないのは、自己責任ではない」

首都圏では路上生活者が生活保護申請をすると無料低額宿泊所や簡易宿泊所といった民間の施設に入れられることが多い。そこで数か月から数年を過ごすが、中には定員20人の大部屋に入居させられ、ノミやシラミが大発生する劣悪な環境に追いやられる人もいる。

同居者によるゆすりやたかりもある。さらには、宿泊所の悪徳業者に生活保護費の大半を搾取され、昼食はカップラーメン1個しか出なかったといった実態も報告されている。また収容先でのいじめ、人間関係のトラブルもあり、わずらわしくなって再び路上生活に戻る人もいるのだ。負のスパイラルで、出たり入ったりを何度も繰り返す人も見られる。

「行政側もそういう施設の環境を見極めることもなく、入れっぱなしの状態です。大都市圏ではケースワーカーの不足もあって、アパートへの転居もなかなか認められません。70代以上の高齢者がアパート入居を希望しても、孤独死のリスクがあるからと大家に入居を拒否される傾向にあります。住まいがないのは、本人の甲斐性がないのでもなく、自己責任でもない。まずは人間らしい安心できる場所を支援していきたい」(稲葉さん)

そこで、つくろいファンドでは、クラウドファンディングを利用し、2014年8月から中野区のアパートを借りて、路上生活者やネットカフェで暮らす人を支援する個室シェルター「つくろいハウス」を開設した。3〜4か月一時的にここで暮らし自立を促し、アパートに移っていくシステムだ。これまで80人以上が「つくろいハウス」で過ごし、40人超がアパートに移った。

さらに7団体が集まり「ハウジングファースト東京プロジェクト」が始まっている。豊島区のアパートを丸ごと借り上げたり、中野区でも着々とサポート態勢が整い、現在では都内4区に部屋を用意している。

国土交通省でも空き家や民間住宅を活用した住宅セーフティネットの強化策を議論しており、今後は空き家活用がハウジングファーストにつながると期待されている。

「住まいは最優先ですが、その後の仕組みもまた重要になってくるのです」(稲葉さん)

さて、冒頭で紹介したMさんは今、どのように暮らしているのだろうか。Mさんは2016年に帰国を果たし、稲葉さんらの支援で、つくろい東京ファンドのシェルターに入ったという。現在は生活保護を受給しながら、つくろいファンドからサブリース(また貸し)してもらった東京・新宿の家賃5万4000円のアパートで暮らしている。

Mさんの生活保護申請から住まい決定までを支援した稲葉さんによれば、「Mさんは働きたい気持ちはあっても、高齢で足が悪く今は働いていません。それでも、久しぶりの日本に適応できるようになって元気に歩き回っているようです」という。

次回は、つくろい東京ファンドが2017年4月に開設した「カフェ潮の路」の取り組みを見ていきたい。(後編:40代、仕事も住居も失ったけど「ネトゲ」では名人…依存症を脱却させた「新たな仕事と居場所」はこちら→ https://www.bengo4.com/other/n_7198/ )

【「つくろい東京ファンド」代表理事・稲葉剛さん】

1969年、広島市生まれ。東京大学教養学部卒。新宿の路上生活者支援活動に取り組み、2001年、湯浅誠さんらとともに、自立生活サポートセンター・もやいを設立。2014年、一般社団法人つくろい東京ファンドを設立した。立教大学大学院特任准教授。

【著者プロフィール】樋田敦子(ひだ・あつこ)ルポライター。東京生まれ。明治大学法学部卒業後、新聞記者を経て独立。フリーランスとして女性や子どもたちの問題をテーマに取材、執筆を続けてきた。著書に「女性と子どもの貧困」(大和書房)、「僕らの大きな夢の絵本」(竹書房)など多数。

(弁護士ドットコムニュース)







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